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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)7317号 判決

東京都世田谷区世田谷三丁目二三八三番地

原告

内外興業株式会社

右代表者清算人

桜井久光

右訴訟代理人弁護士

高桑瀞

同都品川区大井権現町三七二二番地

被告

本道政治

右訴訟代理人弁護士

国吉良宝

同都世田谷区世田谷三丁目二三八三番地

参加原告

桜井久光

右当事者間の昭和三〇年(ワ)第九八八五号動産引渡請求事件、昭和三一年(ワ)第七三一七号当事者参加訴訟事件につき次のとおり判決する。

主文

原告及び参加原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告及び参加原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し被告が占有中の自動レコード演奏機一台の引渡をせよ」との判決及び仮執行の宣言を求め、請求の原因として、被告が現に占有中の自動レコード演奏機一台は原告が昭和二八年一〇月三一日頃訴外バーナード・エツチンから代金約六〇万円(輸入税を含む)をもつて買受け所有権を取得したものであるが、被告は何等の権限なくしてこれを占有しているからその返還を求めると述べ、被告の抗弁に対し、

原告は昭和二九年六月一〇日頃訴外B・M・S・ゴニエールに対し本件物件を埼玉県下朝霞町所在の「クラブ・フラミンゴ」の建物と共に賃料一ケ月金五万円で賃貸してあつたところ、右クラブの支配人であつた訴外川瀬啓伍は同年一二月三〇日頃本件物件を窃取しこれを被告に売渡したものであるから、被告に対して本件物件の回復を請求することができる。

かりに本件物件が盗品でないとしても、被告は善意無過失ではない。すなわち、

(イ)  川瀬啓伍は被告が喫茶店を初めた昭和二〇年一一月頃から一ケ月二、三回来店した程度の客であり、最近二、三年は姿を見せずその住所さえも知らない間柄であり、

(ロ)  川瀬が被告に示したゴニエールの委任状には、前記クラブはゴニエールが賃借経営中であることの記載もあり、且つその経営を川瀬に一時委任する旨の記載があるだけで什器の処分を委任する旨の記載がなく、ゴニエール名義の別の書面にもピアノ、アコーデイオンを提供する旨を記載してあるがジユーキボツクス(本件物件の別名)提供の記載がなく

(ハ)  被告が本件物件を買受ける約定をしたという日より数日後の昭和三〇年一月一九日原告代表者及び顧問弁護士の訪問を受け事情を聴取した上、川瀬が立現われた際は警察に届出ることを了承しながら、これを無視して同人に残代金を支払い且つ警察に届出をしない。

等の事実からみて被告は到底善意であつたとはいえないし、かりに善意であつたとしても、

(ニ)  被告と川瀬との間柄は前記の程度であり

(ホ)  前記(ロ)のような書類を提示せられた際に普通人の注意力をもつてすれば川瀬が本件物件の処分権を持たないたとは直ちに判明したはずであり、

(ヘ)  前記(ハ)のとおり原告から注意を受けていながら残代金を支払うが如きは軽卒極まりないものというべく

(ト)  ことに本件物件は市中においては稀にしか見られぬ珍らしい物品で、被告も初めて見たと思われるものであつてこれを十数万円で取引しようとする場合には、その所有権又は処分権の所在を相当確実な方法をもつて確かむべきに拘らず被告はかかる調査をしていない

等の事実からすれば過失なくして占有を取得したとはいい得ない

と答え、参加原告の主張事実中、原告会社の解散及び本件物件の譲渡の事実を認めた。(証拠略)

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、原告主張の事実中、本件物件を被告が占有していることは認めるがその他の事実は否認する、本件物件は訴外ゴニエールの所有物であつて被告は昭和三〇年一月一二日同人の代理人川瀬啓伍より代金一四万円をもつて買受け同日その引渡を受けたものであると答え、

抗弁として、

かりに本件物件が原告の所有であつたとしても、被告は昭和三〇年一月一二日当時これを占有していた訴外ゴニエールを正当の所有権者と信じ同人の代理人川瀬啓伍を通じてこれを買受け平穏且つ公然にその引渡を受けたものであり、ゴニエールを所有者と信ずるにつき過失がなかつたから、被告はこれにより本件物件の所有権を取得したものである。

と述べ、参加原告の主張する原告会社の解散及び本件物件の譲渡の事実は不知と答えた。(証拠略)

理由

証拠によれば本件物件は原告が昭和二八年中に訴外エツチンなる者からこれを買受け、埼玉県朝霞町所在の「クラブ・フラミンゴ」に備付けてあつたものであるが、昭和二九年六月十日訴外ゴニエールに右クラブを賃貸すると同時に本件物件を他の備付什器とともに同人に賃貸したことが認められ、被告が現在本件物件を占有中であることは当事者間に争のないところである。

よつて被告の抗弁につき検討するに証拠を綜合すれば次の事実が認められる。

訴外ゴニエールは昭和二九年六月一〇日以降クラブ・フラミンゴを経営していたが、その営業不振のため従業員等に対する給料を支払うことができず、同年一二月に入るとその未払給料が多額に上つたため、従業員等から強硬な請求を受けたので、ゴニエールは右クラブの支配人であつた川瀬啓伍を仲に立てて種々交渉したが、金策のできる見込がないため遂に同月一八日に至り右クラブの経営一切を川瀬に委任しその収益をもつて給料支払にあてることを約し、次いで同月二一日川瀬に対し同月三〇日までに従業員に対する債務を履行すること及びその担保としてクラブに備付けてある本件物件及びピアノ一台を提供することを約した。右約定の趣旨がおそくとも年末までに従業員等に対し現金を交付することにあつたことは明白であるから、右担保提供の趣旨もまたこれに応じ、もし債務不履行の場合には川瀬が従業員等の代表としての資格において担保物件を他に処分しその代金をもつて債権の全部又は一部の弁済に充当し得ることにあつたものと解すべきは当然の事理である。然るにゴニエールは同月二五日頃から所在不明となり、クラブの経営も益々不良となり遂に閉鎖するの止むなきに至り、従業員等は未払給料を受ける見込が全くなくなつたので、川瀬は従業員等と相談の末本件物件及びピアノ等を急速に処分することを決意し、数年前から勤先の運送事務を依頼した関係で懇意の間柄であつた長浜栄一に依頼して、同月三〇日頃これらの物品を同人方に運搬させ翌三一日から一月上旬にわたり八方これが売却方に努力したが、いずれも即時現金化することができなかつた。よつて川瀬は一月四、五日頃かねて知合であつた被告に対しクラブ従業員等の窮状と急速に処分する必要とを概略説明し、ゴニエールから徴した書面を提示してその内容を説明した上、本件物件の売却方を申込み、被告は数日後右長浜方に赴いて本件物件を見分した上、川瀬の重ねての勧誘に応じ、代金一四万円をもつて買受けることを承諾し、同月一一日これを長浜方から被告方に運搬させて引渡を受け、翌一二日川瀬に対し内金四万円を支払い、残金一〇万円は同月一八日同人に支払つた。

以上認定した事実関係に関し、前記甲第六号証中にはゴニエールの供述として本件物件その他の備付什器は自己の所有物でなく従つてクラブ・フラミンゴ外に持出さないことを条件として担保に提供する旨を川瀬に告げた旨の記載があるが、前記乙第二号証には本件物件は自己の所有物である旨の記載があり、また担保提供の趣旨が前記認定のようなものと解する外ない以上、ゴニエールの右供述記載は信用することができず、他に前記認定を動かすに足る証拠がないから、本件物件が川瀬の窃取したものとは認め難い。

次に被告が本件物件の占有を取得した当時本件物件がゴニエールの所有に属しないことを知らなかつたかどうか、を考察するに、

(イ)  証拠によれば、川瀬は昭和二〇年一一月頃から一ケ月二、三回位被告経営の喫茶店の客となり被告と知合の間柄であつたが、前記売買契約以前二、三年間は消息がなかつたものであることを認め得るが、右各証拠等を合せ考えると、川瀬は終戦数年後から雅叙園、ゴールデンゲート、ホテルマジエステイツク(在横浜)、クラブ・フラミンゴ等在日外人の経営するホテル、キヤバレー、クラブ等に勤務し常に外人との接触があり、このことは被告も知つていたことが認められるから、被告と川瀬との関係が以上の程度であつたことをもつて直ちに被告が悪意をもつて本件物件の占有を取得した証左とはなし難く、

(ロ)  前掲乙第一号証中にクラブ・フラミンゴがゴニエールの賃借したものである旨の記載があること原告主張のとおりであるが、同号証中にはなお右クラブはゴニエールの経営にかかるものたることの記載もあり同時に本件物件も同人が賃借したものであることの記載を欠いでおり、加うるにこれと同時に被告に提示せられた乙第二号証中には本件物件がゴニーエルの所有物である旨の記載があるから、たとえ被告が乙第一号証中の前記文言を判読知悉するに至つたとしても、直ちにもつて被告の悪意を証する事実とは認め難く、

又前記甲第四号証中には、ゴニエールから川瀬あての担保提供証書の内容にピアノ及びアコーデイオンの表示がありながら、本件物件の表示がないかの如き記載があるが、証人秀島達雄の証言によれば、右は同人が被告から提出された乙第二号証を翻訳するにあたり本件物件を意味する「ミユージツクボツクス」なる言葉をあやまつてアコーデイオンと訳した結果に外ならず、このことはピアノ及びミユージツクボツクスに附せられた番号が右両書面共に一致している点からも疑を容れないところであるから、被告が提示を受けたゴニエール名義の担保差入証は乙第二号証に外ならず、他に原告主張のような文書があつたものではないことは明白であり、このことを前提として被告に悪意ありとする原告の主張は理由がない。

(ハ)  而して昭和三〇年一月一九日原告代表者及び原告から依頼を受けた弁護士高桑瀞が被告方を訪れ、本件物件が原告の所有に属する旨を告げたことは証人高桑瀞の証言及び原告代表者本人訊問の結果により認められるが、右はすでに被告が本件物件につき売買契約を締結しその引渡を受けて占有を取得した後のことに属するから、被告が悪意をもつてその占有を取得したことの根拠とはなし難い。

以上指摘した諸点の外被告が本件物件の占有を取得するにあたり善意であつたことの推定を覆すに足る証左はない。

次に被告が占有取得の際本件物件がゴニエールの所有でないことを知らなかつたことにつき過失がなかつたかどうかを検討するに、

(ニ)  被告と川瀬との従来の交際が原告主張の程度のものであつたことは(イ)に認定したとおりであるが、同時に川瀬が在日外人と常に接触がありその依頼を受けて事務を処理していたことを被告が知つていたこともまたさきに認定したところであるから、被告が川瀬の説明をきき英文の契約書を提示せられたことのみに満足して、更にゴニエールにつき直接調査する等他の手段をとらなかつたからといつて被告に過失ありとはいい難く、

(ホ)  前記乙第一、二号証をかりに被告が判読諒解し得たとしても直ちに原告主張のように川瀬又はゴニエールに本件物件の処分権のないことが判明したはずのものではなく、却つて右両名に正当な処分権があるものと解したであろうことはすでに(ロ)において認定したところから明らかであり、

(ヘ)  原告代表者等から注意を受けながら残代金を川瀬に支払つたからといつて、本件物件の占有取得につき過失ありといえないことは多言を要せず、

(ト)  本件物件がわが国に稀有な物品であり被告にも未知のものであつたことは前掲各証拠に照し疑を容れないところであつて、これを一四万円の代金をもつて現金取引をするにあたつては何人の所有に属するかにつき入念な調査をなし周到な注意を払うべきであることは原告の主張するとおりであるが、これを本件の具体的場合について考察するに、本件物件が少くとも当時わが国にはほとんど見当らない外国製品であつただけに被告がこの種の演奏機が在日外人たるゴニエールの所有物と信じ、川瀬の説明と提示文書とに満足し他に特段の調査をしなかつたからといつて、通常人がかかる場合に払うべき注意を怠つたものと解することは酷に失するのみならず、当時ゴニエールは本件物件を自己の所有物なるかの如く装うて川瀬に処分権を与えその旨の書面すら与えていたこと前記認定のとおりである以上、かりに被告がゴニエールに面接して調査したとしても、同人の所有物でないことを発見し得たであろうとは到底考えられない。又川瀬が本件物件の処分を急いだ理由が従業員等の急速な現金入手の必要にあつたこともさきに認定したとおりであるから、かりに被告が川瀬の右売却事情を調査したとしても同人の申込に応じて本件物件の買受を承諾したであろうことは優に想定し得ることであるから、被告が川瀬のいうがままを信用したことをもつて過失ありとするには当らない。

以上の外に被告が本件物件を買受けるにあたり注意を怠らなかつたならば、本件物件がゴニエールの所有物でないことを知り得たであろうことを推測せしめるような事情は見当らない。従つて前段に認定したように、被告が本件売買にあたり川瀬からゴニエールの所有物である本件物件を同人の多額の債務の支払にあてるため処分するものである旨の説明をききその旨を説明する文書の提示を受け、本件物件が国内に稀有な物品であることから推してゴニエールの所有に属するものと信じて買受を承諾しその引渡を受けた以上、かかる場合において通常人が払うべき注意はこれを尽したものであつて、他にこれ以上の注意義務を期待することは難きを強いるものといわねばならない。

以上判断したとおり被告は昭和三〇年一月一二日の売買契約に基き本件物件の引渡を受けたものであつて、その占有取得につき善意にして過失がなかつたものというべく、且つその引渡が平穏公然になされたことは前段認定の事実に徴し明白であるから、被告はこれにより本件物件の所有権を取得したものというべきである。従つてこれにより原告はその所有権を喪失したものであつて、参加原告が原告から本件物件の譲渡を受けたとしても、参加原告もまたその所有権を取得したものではないといわねばならない。

よつて原告及び参加原告の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条、第九三条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二部

裁判官 近藤完爾

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